熊本県の石

熊本県のシンボルとして、県の「木」、「花」、「鳥」、「魚」が定められている(熊本県ホームページ, http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_3207.html)。県木は「クスノキ」。熊本城をはじめとして県内各地の神社や寺院に巨木が聳える。県花は「リンドウ」。秋には阿蘇の草原に紫色の可憐な花を咲かせる。NHKが全国的に「郷土の花」を選定した際に選ばれたものだという。県鳥は「ヒバリ」。農業県熊本のシンボルとして、県内各地の草原や耕地で見ることができる身近な鳥が選定されたものだ。そして、県魚は「クルマエビ」(魚ではないが…)。有明海や不知火海は国内の主要な産地であり、全国に先駆けて養殖に取り組んだ経緯がある。生産量は日本一だという。これらのシンボルとして選定されているものはすべて「生物」である。確かに熊本の自然を構成するものたちだが、その生物たちが生息する【大地】もまた、熊本の重要な自然の一部だ。

大地を構成するもの、それは基本的には“石”である。ただそれは、花・鳥・魚ほど身近ではなく、動くこともなく地味な存在。しかし、周囲を見回すと身の回りにたくさん存在していることに気づかされる。
2016年5月10日(地質の日)、日本地質学会は全国の「県の石」を選定し、公表した。アメリカなどでは「州の石」を選定しているところもあるそうだが、国内ではほとんど指定がなかったという。
「石」といってもいろいろな状態のものがあり、今回日本地質学会が選定した「県の石」も岩石・鉱物・化石の3部門からそれぞれ選ばれている。
「県の岩石」は、阿蘇火山の溶結凝灰岩。火砕流堆積物が自らの熱によって溶け、固結してできたものである。堆積物中の軽石やスコリアは、溶けて押しつぶされ、レンズ状や帯状のガラスとなって残っている(写真)。

溶結凝灰岩。黒色の部分は黒曜石。
溶結凝灰岩。黒色の部分は黒曜石。

この岩石は、適度な硬さで加工しやすく、上益城地域に多く見られる石橋の石材としてよく利用されている。灰石と呼ばれることもある。

通潤橋(上益城郡山都町)。石材として溶結凝灰岩が使われている。
通潤橋(上益城郡山都町)。石材として溶結凝灰岩が使われている。

阿蘇火山は約27万年前〜9万年前にかけて、巨大な噴火を繰り返した。約9万年前におきた4回目の大噴火では、地下のマグマが一気に噴出し、上空高く舞い上がった噴煙はやがて火砕流となって流れ下った。このとき発生した火砕流はAso-4火砕流と呼ばれ、その一部は海を渡って山口県にまで達し、上空の火山灰は日本全土に降り注いだ。その後大地は陥没し、現在のカルデラが形成されたとされる。このような爆発的な噴火は「ウルトラプリニー式噴火(カルデラ噴火、破局噴火)」と呼ばれる。

阿蘇のカルデラを上空から望む。写真左側の外輪山が途切れているところが、立野火口瀬。9万年前の噴火の後に陥没し、カルデラが形成された。中央火口丘群の噴火活動は続いている(2008年11月22日撮影)。
阿蘇のカルデラを上空から望む。写真左側の外輪山が途切れているところが、立野火口瀬。9万年前の噴火の後に陥没し、カルデラが形成された。中央火口丘群の噴火活動は続いている(2008年11月22日撮影)。

「県の鉱物」は、熊本市石神山の鱗珪石。石英と同じ化学組成を持つが、より高温の状態でできる結晶だという。国内では数ミリ程度の結晶が多いが、石神山のものはその結晶のサイズが大きく、1cm程度の大きさの結晶を産したことで有名だ。

石神山の鱗珪石。標本は熊本県博物館ネットワークセンター所蔵。
石神山の鱗珪石。標本は熊本県博物館ネットワークセンター所蔵。

「県の化石」は、白亜紀恐竜化石群である。熊本は化石が豊富な地域だが、特に恐竜化石は全国的に見ても多様であり、特徴的なものが多く含まれる。また、これからも恐竜化石の発見が十分に期待できる。「化石群」という指定であり、すでに発見されたひとつの「標本」を指していないことから、これからさらにその意義が高まる可能性がある。

御船層群上部層の恐竜化石に関する常設展示(御船町恐竜博物館)。
御船層群上部層の恐竜化石に関する常設展示(御船町恐竜博物館)。

これらの化石の産出によって、御船と天草両地域にはフィールドに根ざした博物館が設立され、現在も活発に活動している。これらの博物館は学術的な貢献のみならず、地域における教育活動、特に熊本の大地や化石に関する学習意欲を喚起することに大きな役割を果たしている。これまで、この両館の活動が熊本の子どもたちをどれだけ刺激し、その夢を育んできたことか・・・。
来年と再来年、このふたつの博物館は設立20周年を迎える。県のシンボルとしての「県の化石」は、今後の発見によってもさらに注目を集めることになるだろう。現在、恐竜化石の産出は上益城地域と天草地域に限られているが、今後は宇城、八代、芦北など、中生代の地層が分布する県内各地から発見される可能性が高い。熊本の貴重な財産はその大地の中に眠っているのである。

文・写真:池上直樹

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